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【Netflix】『アンオーソドックス』感想 村社会と圧倒的な男尊女卑。何が正解かわからない『幸せ』の定義。

Netflix リミテッドシリーズ『アンオーソドックス』 (Unorthodox)完走です。

 

サムネイルの主人公の女の子が丸刈りにしてるのに、少し悲しい顔で微笑んでいるのは何故なのか気になって観てしまった『アンオーソドックス』

 

タイトルからわたしが安直に推察したのは、

 

アンという少女が平凡で平和な自分の殻を破ろうとして、丸刈りにしたんだな・・

 

という、田舎のティーンの青春物語と思って見始めたら全然違う衝撃の内容で、観ているのがものすごく辛かったのに最後まで観てしまった。

宗教の話が好きっていうことを差し引いても、ドキュメンタリー要素が強くエンターテイメントとして面白くはなかった。

すごく不愉快で嫌な気持ちになったし、最終話は悔しかったよ、何に対してなのかわからないけど、すごく悔しかった。

それでも最後まで観てしまう力はある作品。

 

www.netflix.com

 

このドラマは現代のNY、ウィリアムズバーグという地域で、超正統派ユダヤ教コミュニティに暮らす人々を、そこで暮らした人物の自伝をもとに描いたドラマなのですが、ユダヤ教の家族といえばアンネの日記、収容所の映画『ライブ・イズ・ビューティフル』、そして破天荒で裕福な暮らしぶりのユダヤ人家族ドラママーベラス・ミセス・メイゼル』をイメージしていたわたしには、カルチャーショックがひどすぎて、世界のことを何も知らない自分を改めて痛感することに。

 

タイトルから想像するドラマの内容でわたしの英語力のなさが顕著になってしまってお恥ずかしいのですが、このタイトルを英語にすると【Unorthodox】。

オーソドックスの否定形。このドラマの場合は【異端の】という意味を採用するのが正しいのでしょうか。

正統派ユダヤ教のことをオーソドックスと呼ぶらしいので。

 

その、超正統派コミュニティで幸せを夢見ていた少女が、家出をする様子と、彼女が家出をするまでの過程が並行して描かれるドラマです。

そして、この作品の主人公の葛藤や悲しさがわかるかどうかは生まれた境遇によって、かなり左右されると思います。

 

まず、性別。

家庭環境

そして、生まれた場所(首都圏か、田舎か)

 

今でこそフェミニズムのことも叫ばれるようになりましたが、わたしの両親は家父長制全盛期の田舎で育っています。

しかも父は長男です。

そんな両親のもとに最初に生まれた女の子どもであり、そこそこの年齢で、兄弟は弟、弟だけど長男ですよね。

わたしの出身は地方都市とはいえ、首都圏から比べると男尊女卑もまだまだ表面的ですし、そんな場所で幸せを見つけられなかったわたしにとっては、イチイチ胸に刺さる出来事ばかりでした。

 

こっちに出てきてから祖父の葬式で帰った時、このようなコミュニティーでやり過ごすやり方忘れてて、辛すぎて泣きながら電話したからな・・。

 

あのような社会でも幸せになれる人はいます、必ずいます。

それに信仰は自由なので、信仰していることで幸せが訪れることもあるし、わたし自身、信仰心が欲しいぐらいだと思っているので。

そして、そういうコミュニティー生活が向いている人もいるし、そのコミュニティーでも比較的上位の家柄に生まれていたり、権力を獲得していると、さくさく人生が進んだりして、コミュニテー内で暮らすことは楽だったりすることもあるし、楽しいこともあると思う。

 

ただ【アンオーソドックス】な思いを持ってしまうと、そこで生きるのはものすごく辛いってだけです。

人間としての向き不向きの問題。

生まれた場所と必ずしも相性がいいとは限らないので、人生は難しい。

 

そんなドラマですので、過去にそういう境遇の人や、気持ちわかる人にはいらぬ傷を抉る結果になるので、視聴は勧めませんが、一応主人公が、過去の自分と折り合いをつける作品ではありますので、今、そういう境遇の人は勇気をもらえるかもしれません。

 

以後、ネタバレありの感想になりますが、ちょっと私的感情がかなり入ってしまいそうなので、ご留意ください。

 

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まず、このコロナ禍の中で絶対やっちゃいけない家に入る動作がものすごく気になりました。

家の玄関に表札のようなものがかかっていて、みんな家に入るたびにそこに手を触れて自分の唇に当てるんですね。

メズーザーという門に飾る祈りの飾りらしいんですけど、たぶんむき出しはダメで木のケースかなんかに入っていて、表札っぽく見えるんですが、あんな動作やったら一発で感染するよね・・。

まず、それが怖かったです(笑)

 

一言でいうと、非常に哲学的なことを考えてしまう作品でした。

 

幸せとは何か・・

生きるとは何か・・

 

生まれる場所と親は選択できないので、人生は完全に自由ではない。

 

あと、日本では割と共感できる境遇の人もいるかなと思うのですが、世界の人がこれを見たときにどう思ったのか非常に気になりました。

イスラムの人もユダヤの人も、まだまだ外に出ていないこういう現状があるのだなと思います。

ただ、何度も言うようですが、あの暮らしが幸せだっていう人もいるというのが難しいところで、

 

わたしにとって、どんな胸をえぐるシーンがあったのか、つらつら書いていきますね。

色々思い出して辛かったわ、正直。

 

このドラマの主人公のエスティは、母親がコミュニティから逃げて子どもを捨てて(と主人公は言っているが、母は子どもを取り上げられたんだろうなと観ている間ずっと思っていた)祖母と伯母に育てられた19歳の少女。

コミュニティー内でも割といいお家の息子と結婚が決まって家庭を作ることになる。

しかし、夫予定の人の家は割といいお家柄(?)で、姑はこうるさく、エスティーはスーパーでぶらぶらさせられて、夫の母や親族に値踏みされる。

 値踏みが終わり、夫と面談があり結婚が決まる。

 

結婚準備で結婚式の前にキレイな髪の毛を全部剃られてスキンヘッドにさせられる(髪の毛は男を誘惑するので丸刈りにしなきゃいけないらしい)のに、みんな同じ黒髪のカツラを着用するか、ターバンを巻いて過ごす。

剃るのになんでカツラ被るのか正直意味がわからなかった。

 

それでも主人公は幸せを信じて嫁ぐんですが、結婚するなり子どもを作れとバンバン言われ、それなのに子づくりの仕方はエスティは知らず、「男に任せておけばいいの」らしきことを言われるが、生理中と生理後7日間は”穢れ”なので、夫に触れてはいけないとのこと。

これもよくよく考えると、子どもをつくるのに最適な時期なので、ドラマ内でユダヤ教の女は子作りマシーン」と揶揄されるシーンがあるのですが、みんな子だくさんで、それの思想のなかには「虐殺された人たちを取り戻す」的な意味合いもあるとのことで、なんだかいろんな意味で切ない。

 

そして、夫も子づくりのことはよく知らずなんの工程も踏まずいきなり突っ込もうとして、毎回失敗する(すみません、歪曲な表現を色々考えたのですがダメだった・・これが多分一番伝わる)。ネットやテレビや携帯なども全部禁止なので、自ら調べられないし、誰も教えようとしない。

多分、普通の学校にも行っていない。

男性には、少しそういう経典があるらしいけど、女性の苦痛を和らげる方法は書かれていない。

 

妻が痛くてできないと訴えてなかなか子どもが出来ないことを、マザコンの夫が姑に報告。

コミュニティー内の男性に相談しないのは、男としてのプライドだろうな。

母親信仰がすごくて、優しい人ではあったけど母の指示は絶対な人だったから娘の夫の親子関係がああだったら、嫁がせないレベル。

週に一回の安息日は、集会みたいなものがあり、女性が食事を準備し男は座っているか歌っている。

超三密になっている狭いところで、子どもができないことを妻が責められる。

 

育ての親の祖母と伯母も味方にはなってくれなくて、どんどん孤立していく。

そのコミュニティーでは、子どもを産まないと受け入れられてもらえない仕組みだし、コミュニテーカーストも絶対なんだろうと思う。

 

男はあんまりきちんと働いている形跡もなくて、調べたら公的支援とか布教とか、成功した裕福なユダヤの人たちからの支援とかで暮らしている人も多いみたいなんですね。

それで、ユダヤ教の聖地はイスラエルで、エルサレムがあるわけですが、イスラエルというと軍事国家ですよね。

シオニズムという、ユダヤ教復権活動というか思想があるんですけど、その活動に裕福なユダヤ人がお金を支援している。

軍事国家の活動資金にひとやくかっているという側面もあったりするらしく、オーソドックスな人たちが話している独特の言語、ユダヤ語と言われているイディッシュ語っていう言語も暗号的な意味合いがあるのかなーって気もするし、宗教って本当に根が深いと思います。

 

そんなことに1年耐えた主人公が、実母のいるドイツにほぼ身一つで逃げていく決意をするんですが、本は宗教関係なく、ユダヤのオーソドックスと似たような村社会が形成されてるところがけっこうあるから、それも闇が深いですよね・・。

戒律があってもなくても、同じ結果って神様って男女のことどう思ってこう作ったの?

 

エスティーはNYから追手がくるわけですが、逃げたエスティーがどんな暮らしをして、どんな結論を選ぶのか、生まれてから信じてきた信仰との狭間で悩む姿や、オーソドックスの幸せを信じて疑わない人々との間の問題など、色々詰め込まれて切なく印象深い作品でした。

 

イディッシュ語を特訓して、エスティー役に臨んだイスラエルの女優さんは、自分の年齢より幼い役を演じたわけですが、浮世離れした感じとまだ未成年の子供っぽさ、信仰を捨てる決意や揺れる心などをかなり熱演していたと思います。

リミテッドシリーズのエミー賞の候補になっているようですね。

 

どんな人生がいいかは本人が選ぶものだし、海外ドラマをずっと観ていて信仰心の持つ救い、強さや危うさを学んだ部分もあるので、それに対してはどうこう言えないですが、本当に色々勉強になりました。記憶に残る印象深い作品でした。

 

次は『栄光へのスピン』に移行しました。

フィギュアスケートが好きなので・・。

 

というわけで、それではまた。

 

 

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現代人のためのユダヤ教入門

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