たま欄

映画、海外ドラマ、本、時々日常。

【ブログ】私の文章は愛が足りない。

 

【愛】
そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。
  • かわいがり、いつくしむ心。「子にそそぐ―」。いつくしみ恵むこと。「神の―」。いたわりの心。
     「人類―」
  • 大事なものとして慕う心。
     「母への―」。特に、男女間の慕い寄る心。恋。

 

 

googleで愛を検索したら出てきた愛の意味。

 

恋と愛を混同しているところと、今時ジェンダーに配慮してない内容が個人的には気に食わないですが、そこはいったん置いておくとして、圧倒的に愛が足りない・・・。

 

私の文章には愛が足りないっ!!!

 

ところで、本題の前に全然話は変わりますが、先日将棋の藤井聡太棋聖がタイトルを防衛したそうで。

 

news.yahoo.co.jp

 

私は漫画3月のライオンきっかけで、ちょっとだけ将棋をかじった過去があります。

しかし、将棋に微塵も向いてない頭の悪さだったので将棋を指すこと自体はマッハで挫折しましたが 持ち前のオタク気質を発揮して、ある程度の薄い業界知識はすごいスピードでゲットしたんです。実際の棋士に会うイベントに参加したり。

 

わたしの持ち味は広く浅くなんで。

 

そんなわけで、棋士になるのにどんだけ大変かとか、順位戦のこととか、どんな人が棋士にはいるかとかどんどん覚えていきました。

 

実際の若くしてこの世を去った羽生のライバルと言われていた天才棋士を綴り、松山ケンイチ主演で映画化もされて、3月のライオンでもモデルになっている登場人物がいるという『聖の青春(さとしのせいしゅん)』も読んで。

この作品は将棋界の世界観を学ぶのに最適な作品だったんですけど。

 

※すごくいい本なのでおすすめです。 

 

プロ棋士は天才的な頭脳がなければ務まらない職業ですが、将棋の神様に愛されて生まれてきてしまったからには人の何倍も将棋で努力できる才能も併せて持ち合わせていなければなりません。

ほかの業界に違わず将棋も日々の努力が必須で、それまでの棋士人生で培った勉強や勝負勘も重視される世界です。

そんなプロ棋士たちの日々の努力を軽々と超えていく他の追随を許さない若く光輝いている才能は、どんなに努力してもそこのレベルにたどり着けない者をいとも簡単に絶望の淵に突き落としていることでしょう。

 

才能というのは残酷なものです。

 

将棋に興味のない人にはほっこりしたニュースであっても、そうもいかない人もいる。

 将棋界に生きている人と、将棋ファンです。

 

そして、こんな匿名投稿を私は目にしました。

感動して泣き、これを書いた人の文章の才能に嫉妬した。

 

anond.hatelabo.jp

 

読み終わたあと、

 

こんな文章を人生で一度でいいから書いてみたい人生だった・・・

 

と思いました。

 

色々知っている前提から入っているにもかかわらず短く簡潔で語彙力が高く、将棋を知らない人でも臨場感が伝わる構成と無駄のない説明で、思わず続きを読んでしまう。

書き手の思いや感情がどんどん流れ込んでくる。

 

将棋というのはこんなに人の心を揺さぶるものなのか! と思った人も居るはず。

 

そして気づいてしまいました。

私の文章には愛が足りない、と。

 

 

<広告>

 

 

 

文章には個性も出るし、書き手と読み手の相性もあるので一概には言えないところもあるけれど、文章が下手でも、人となりや感情が見える文章は惹きつけられる。

今更文章が劇的にうまくなるわけでもなし、難しい言葉を使えばいいってものでもないし、変に知識を得たところで狙った上滑りした文章を書くようになるのがオチです。

 

そこで上記のリンク先の文章と自分の文章を比べると、愛が足りない以前に

 

・本当は全部語りたいところを劇的な一瞬だけを切り取るセンス

 

わたしなら、序盤→中盤→終盤と全部書いてしまう。

 

・専門用語を使っていながら雰囲気で引っ張っていける言葉のチョイス

 

難しい言葉を難しく書くだけなら誰でもできる。

 

・そもそも文章のインプットもアウトプットも足りてない

 

最近あんまり本読んでないし、ブログも更新してない。

 

 

とまぁ、言い出したらきりがないのですが努力や才能の足りなさを補えるのは、文章のテーマにおける愛しかない。

愛があれば対象物を深く知ることもできて、読んでる人に訴えかけることができる。

だけど、今のわたしにはそれができない。何故か。

 

わたしだって、ああいう風な読みやすい文章じゃなくても「ブログ読んで泣きました」って言われたことが一回ぐらいはあったはずなんです。

 文章が次々あふれてくるときってて対象物への愛憎で胸がいっぱいのときだしそういう感情って体力すごく使うし、老化って一言ですますこともできるけどまだまだ自分にも愛が溢れる感情が残ってるって信じたい。

 

と思い、色々考えた結果、

 

去年メンタルどん底に落ちたのが、何となくまだ全回復してないんだなって気づいてしまった。

 

いや、気づいてたんだけど気づかないフリしてたというか。

それなりに毎回ブログに愛はこもっているんですよ、もちろん。

でも、熱量が足りない気がする(※めがねたまご比)。

そんな文章を読んで頂いているのも申し訳ない気もするんですけど、ホームランが出ていないだけで、毎回ヒットなんです。

最大限の努力をしてヒットを打っているつもりではあります。

 

今年、ブログのドメイン【meganetamago.com】を更新したんです。

5年近く使っている大事なドメインでもあるし、きちんと契約しないと一瞬で消える儚く形のないものではありますが、それこそ愛着はあって。

わたしのブログはほとんど検索流入なのであまり関係ない気もするんですけど、来年の更新時期ぐらいまでには愛でうるさいぐらいの渾身の一記事を一個でも書けたらいいなと思っております。

 

みなさんも、愛のこもった文章を書き続けてください。

 

わたしは推しを見つけることから始めたいと思います。

それでは、また。

 

<広告>

 

 

※これも観たい。 

愛のむきだし

愛のむきだし

  • 西島 隆弘
Amazon