こちらの作品はすばる文学賞の受賞に先行漏れしたものを加筆修正して発売されたものです。
帯に『幻の処女作』と大きく書いてありますが、物は言いようというかなんというか。
文学賞に漏れたものを桐野夏生の名前が売れたからと言って発売するほうもするほうだけど、それでも桐野夏生につられて読むわたしが居るので仕方ないのかなと思います(笑)
ものすごい薄い文庫だし、フォントサイズも大きいので読みやすかったです。
桐野夏生作品は、何作か読んでいてすごい好きなのですが、超初期作品も雰囲気は同じでした。
相変わらず、文章は上手くて主人公のビジュアルをはじめそれぞれの登場人物、声、住んでいる家、街の空気感が映画のようにイメージ映像で浮かんできました。
これが全く浮かんでこないか、作品の中でイメージがぶれる作家さんたまにいるんですが、桐野作品はいまのところそれがないです。
主人公は過去の恋愛で傷を負った、小さな事務所で留守番が主な仕事の30代の女性です。過去に付き合った男が突然原因不明の自殺をしています。
舞台はディズニーランドができたばかりの浦安。主人公はこの土地に開発前から居住していて、両親、独身の姉と共に新しく建てられたシンデレラ城が見えるマンションに暮らしています。マンションは小さな子を持つファミリー層が多くを占めていて、主人公の家族は異質な存在。
その主人公の高校生から今までを、本人の語りで恋愛、仕事、家族、近所づきあいが語られます。
時代背景が古いので、同世代と感じる人には懐かしく、若い人には新鮮に感じられるかもしれません。
桐野夏生の作品を読んでいるといつも感じるのは、圧倒的な孤独と、男性に対する愛憎です。
こちらの作品でもそれを感じましたが、初期の作品であまりに極端なのは避けたのか『愛』も感じました。しかし、作品が進むごとに『憎』の割合が確実に増えていっています(笑)
たまに電車で桐野作品を読んでるサラリーマンを見かけることがありますが、一体どういう気持ちで読んでいるのかいつも気になっています。
相変わらずアンニュイな雰囲気の語りで、努めて普通に明るく擬態して暮らしている人の心の闇をえぐり出してきます。
もちろん、そんな人ばかりではないとは思いますが、だいたいの人は人に言いたくない過去や、人に言えない黒い感情を持ちながら生きていて、でもそれを吐き出す場がなかったり、吐き出さなかったり。
そんな心のうちを作品中でぞんぶんに吐き出してくれて、『わたしだけじゃない』と思わせてくれるから桐野作品は大好きです。
著者はあとがきで『とり残された人々』を描きたかったと言っていました。
確かに一見何不自由なく日々を送っている家族や登場人物でしたが、それぞれがそれぞれに何かに取り残されていました。
意識するしないにかかわらず、過去や未来や社会、そして自分に取り残される人たち。
初期作品で荒削りなところもありましたが、それが逆に若さというか、叫びだしたいようなふつふつとした感情が表されていてよかったと思います。
ただし、最後のまとめがちょっと唐突で、「え?終わり?」っていう感じなんです。
でも、日常を描いている以上、すっきりとした終わりなんてなくて死ぬまで日常は続くので、そういうのもアリなのかなとは思っています。
桐野夏生が好きな人は一度読んでみてもいいかもしれません。
それでもほかの作家さんの作品に比べれば重い部分はありますが、桐野作品の中では比較的ライトなほうなので、こんな作品も書くんだと新鮮かもしれません。さらっと読めます。
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