コロナ禍があってもなくても1年という時間があれば、何も変化しないなんてことは実際はないのだけど、全世界で同時にこんなことが起こるなんてだれしも夢にも思っていなかったと思う。
世界中の占い師、預言者や宗教家たちは、こんな未来を想定していて、はたして備えていたのだろうか。
コロナウィルスが全世界をジワジワと席巻する前は、海外旅行なんて宝くじが当たりさえすれば、どこにだって自由に行けると思っていたし、ブロードウェイで朝から晩まで意味もなく、ダラダラとミュージカルを飽きるまで見続けて、劇場に入り浸りながら何か月も過ごすのが、人生最大の夢だったかもしれないな、と今はぼんやり考える。
今回のはてなのお題は『この1年の変化』だ。
変化したことはたくさんあるが、その中でも職場と家族の人数が変化していないわたしは恵まれている方なのかもしれない。
仕事の仕方は変わったが、職場は変わっていない。
わたしは、俗にいうエッセンシャルワーカーでありながら、その存在が社会的に存在するのが当たり前すぎるからなのか、この1年の間、特に業界的に表立って感謝されたりはしなかった。
テレワークなんて出来なかった。
毎日電車で通勤している。
感染リスクは常にそばにあり、最初の緊急事態宣言時にはテレワークや休業などで街がゴーストタウン化してるさまをみて、それでもここで、こんな状態で、なんとしても仕事を失ってはいけないという葛藤の中、コロナ鬱まがいの精神状態になってしまった。
現在では、自分の命は社会的に軽いことや、政府から忘れ去られている存在であることを自分の中で消化し、淡々と日常をこなすレベルにまで回復した。
この1年で一番変わったのは、自分の心だったと思う。
体も心も丈夫なほうではないので、心に引きずられて体調もしんどかった。
どん底まで落ちたり、そこを乗り切って少し上がったり、また落ちたりを繰り返しながら、現在は体調の不良はあるものの気持ちは落ち着いている方、だと思う。
ただ、自律神経が壊れているっぽいので、気持ちが落ち着いている”風”なのかもしれない。
こんな鬱鬱とした心理状態の人、たっくさんいるんだろうな。
そんな中、趣味である映画も映画館の休業やレイトショーの休止や外出自粛でほとんど行けてないし、行く気力がない。
家で映画を観ていても一気に最後までぶっ通しで観られることは少なく、1週間かかって1本観たりしている。
これも、コロナ禍になってから変化したことの一つ。
集中力がとにかく続かない。
海外ドラマも何話も一気見できないどころか細切れで観ていることもある。
そういった意味では、アニメやコメディーの20分程度の長さはちょうどよく、アニメをたくさん見るようになったのもこの1年の変化かもしれません。
外れも多いアニメですが、日常系ののんびりした作品は瞑想的な効果があり、最近は、ゆるキャン△(アニメ)をボーッとだら見しているのが至福です。
JKがソロキャンしたり、みんなでキャンプしたり、バイトしてアウトドアグッズを買ったりしているだけのアニメ。
遠くに行きたい気持ち、旅行に行きたい気持ちをゆるキャン△が少し癒してくれている。
富士山は日本人の心。
そして、海外ドラマや映画などのエンタメを書いていた当ブログですが、そういったわけでネタ切れし、最近はあまり記事を書けていない。
ブログスタイルも変化した1年でした。
1話、1話毎日のように観て、一気にバーッと書いていくということができなくなっているので、まとめ記事みたいなものも増えてきた。
圧倒的に書く記事数も減っているし。
以前は一気にバーッと勢いで書いていたブログも、1週間や下手したら10日ぐらいかけて1記事書いています。
時間をかけているからといって、クオリティーが上がっているわけでもなく、読者さんには本当に申し訳ないと思っています。
辞めてしまっては、再開するのは至難の業なので、なんとか踏ん張りたいとは思っています。
来月4周年を迎え、5年目に突入するのでもったいないという気持ちがあるし、もう少しで1000記事なので。
さらに、エンタメ業界にも大打撃だったこの1年。
撮影もままならないなか、今後劇場が縮小傾向になるのは必至で、配信中心の映画スタイルになるかもしれませんね。
最後を見届けるまで死ねないと思っているドラマなどの作品がたくさんありますが、そうもいってられないのかなと、思うようになりました。
もう、前みたいな劇場三昧な日常は戻ってこない覚悟はしていますし、ますます動画配信サービスが躍進するのかなと思っています。
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ここからは、これからの生活のことを少し書きたいと思います。
ワクチンが承認されて、感染数が爆下がりしても、景気が戻るまではだいぶかかるだろうし、またいつどこでこのようなパンデミックに襲われる可能性があるということは、全世界の人々が身に染みて分かったと思うし、わたしもです。
人は100%いつかは死にますが、死を身近に感じた1年であったことは間違いがないです。
いつ、パンデミックになって仕事を失っても多少は生活していけるようにリスクを取りたい気持ちと、明日死んでもいいように図太く生きたい気持ちがせめぎ合っていて、難しいところではありますが、今までよりももう少し自分のことを優先して生きていきたいとは思うようになりました。
他人に必要とされなければ生きている意味がないとは思っていて、それは今でも基本的に変わってはいなくて、去年の緊急事態宣言のときに、もっと人の役に立つ仕事をすればよかったと思っていたわたしですが、自分が自分を必要としてもいいのかもしれない、と。
実は、去年の目標が、『なるべく人に会う』だったんです。
全く達成できなかった。
そして、逆にいつ人生が終わってもいいように、終活もしたいなと思いました。
年齢的には少し早いかもしれないけれど、例えばここのサイトの有料契約、ID、PW。
そういう細かいことも含めて、わたしがどうにかなったらやらなくてはいけない手続きが山ほど出てきて、灰になれば済むっていう問題でもない。
そして、物はかたっぱしから捨ててもらって構わないけれども、インターネットでしか繋がりのない、本名も知らない恩のある方たちに、せめて自分の死を知らせておく段取りはつけておきたいなと思いました。
お礼を言って、さよならも言いたいです。
こんなこと言っていて、長生きしてしまうかもしれないけれど(笑)
この1年、たくさん変化はあったけれど、死にたい気持ちを何とか乗り越えて、人生に対してフラットな気持ち、頑張れない自分も体も心も許容して、自分の気持ちを忖度せずに生きていきたいと思えるようになったことは、大きな出来事だったかもしれません。
来年は、もっと平和で明るいブログ記事が書けていますように。
それでは、また。
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※ゆるキャン△グッズはとにかく高価なのよ・・・。