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【Netflix】ポリティシャン season2 完走・感想 「彼にとっては人種とか関係ない。人を有権者としか見ていない」というセリフが衝撃だった。

『ポリティシャン』season2完走しました!

 

ナブラチロワがドラマに出てたんですってー!!

どこに!? 全然気づかなかったよー(笑)

 

そして、日本在住で日本語しかできないわたしが観られるベン・プラットの作品はすごく少ないのでちょっとずつ大事に観ました。

急いでみるとすぐ終わっちゃうからね!

 

season1はみんなまだ高校生(設定上)で行動に子どもっぽさがあったけど、2では大学生になって子どもだからこそ持ちあわせているピュアさや良心みたいなものが世間の波にさらされて余計ひどくなっていました(笑)

 

今回、season1の復習を経てseason2まで通して観て、すごく逆説的なドラマだと思った。

 

表だけではなくて、裏をよまねばならない。

 

でも表だけでも十分楽しめるとは思う。

 

このドラマは、ぱっと見は非常に自分勝手に行動する人達の集合体なんだけど、彼らは自分たちが自分勝手とわかっていてそれをダメなことだと理解している。

自分の行動を正当化したり、自分勝手に行動したりっていうのは誰でもやるけれどそれが【社会的にダメな行為】と自省しながら生きている人は少なくて、だいたい自覚がなく勝手気ままに行動している。

自分は自分勝手ではないと思い、自分の周りが自分勝手だと思いながら生きている。

わたしも含めて。

それは、だれしも自分が世界の中心で自分を起点に人間関係が構成されている以上は仕方ない部分もあるとは思う。

 

ドラマのキャラクターは基本的にはいい人たちっていうかごくごく一般的なダメ人間なんだけど、自分を過剰にダメだと思っていて、少しでも社会的にいい人であるように、いい人に見えるように行動しようと思っているところがすごくいいと思ったし、心を打たれた。

なぜならおおかたの人は、嫌なやつほど自分はいい人だと思っているので敢えていい人にふるまおうとしない。

いい人にふるまってくれれば助かる人がたくさんいるにもかかわらず。

 

そんなキャラクターたちで構成されているので、自分たちを極悪人だとおもっているけど実際そうでもないっていうところが、割とえげつない内容なのにドラマに温かみを与えていると思う。

 

そしてseason2を観ている途中に、ベン・プラットが昔出ていたピッチ・パーフェクトシリーズに主演していた日本では知名度が低めなアメリカの女優アナ・ケンドリックとドラマ『BARRY』ビル・ヘイダーの熱愛を知りました。

アナ・ケンドリックはベン・プラットのライブに行くぐらいの友達なので幸せになってほしいけど相手はビル・ヘイダーじゃない気がなんとなくしていたっていう全然『ポリティシャン』には関係ない余談です。

 

ベン・プラットがピッチに出てるって言いたかっただけ(笑)

 

そして『ポリティシャン』と並行しながら『9-1-1:LA救命最前線』にもドはまりして観ているので、個人的なライアン・マーフィー(両作品ともの企画・製作総指揮)祭りが繰り広げられていた2022年1月なんですけれども。

 

www.meganetamago.com

 

両方観ているとライアン・マーフィーのクセみたいなものがやっぱりあったなーと感じました。

 

代表的なのは彼の映画作品で日本で一番有名なのは食べて、祈って、恋をして』(eat pray love)だと思うのですが、これのタイトルもじりネタが『ポリティシャン』でも『9-1-1』でも出てきたので、これはわかりやすいファンサという側面もあるとは思いますが、この言葉の三段活用はなんとなく思い付きがちで思いついたら使いたいんだと思います。気持ちはわかる(笑)

 

 

上記食べて、祈って、恋をしてはわたし自身は間違いなく観た記憶はありますが、正直内容をまっっったく覚えていません!

 

どんな話なの?(笑)

 

ブコメだと思ったらそうでもないみたいな感じだったような気がしなくもないけど、恋愛映画は苦手なのにジュリア・ロバーツが可愛いからって観てしまったのかもしれない。ライアン・マーフィーにはまってるのに代表作を観ていないのもアレなので機会があったら再チャレンジしようと思います。

 

そして、『9-1-1』のseason2もさくさく進んでいます。

今、バイオハザードなどのプレステ4のゲームもやっているので時間配分が厳しく、多くても1日2話に留めようとしていますが気になって2話を超えて観ている日もあるので、近いうちにレビューを書けると思います。

 

一体どういう風に観たり、書いたりする時間を作っているんだとお思いでしょう?

わたしは通勤に往復4時間近くかかっているので無問題なんです。

この4時間で何か勉強でもしてればいいんだけどねー。

ほら、根っからの怠け者だから。

 

さらに今回、海外ドラマ別作品を二本、同じ製作者の作品を並行して観るという初めての経験ですのでとても新鮮な味わいでした。

 

そして、同じ製作者の違う作風の作品を観たことでライアン・マーフィーが作品を作るうえでのストーリーの柱みたいなものが見えてきた気がしました。

 

【差別】と【生きる権利】

 

そしてもう一つは、くっそみたいな男は制裁されるべき!という強い信念です。

 

わたしも女だから、彼が描く作中で描かれる性格ひん曲がったイキり男たちに罰を与えたい気持ちは痛いほどわかるけど、それにしても憎しみというより強い怒りを感じる。

たぶんこういう作り方にしているのわざとだと思うし、よっぽど嫌な思いをしてるんだなぁという同情心がわきました。

この傾向は『9-1-1』の方が顕著なのでそちらのほうで改めて言及したいと思いますが。

 

彼自身【ゲイ】という、どうしても現代社会ではマイノリティーとしてカテゴライズされてしまう属性で生きていくなかで、たぶんそういうレイシズムを丸出しにしてくる人たちに直接嫌な目に遭わされていたり暴言を吐かれたり、そして辛酸をなめたりしている女性たちを割と冷静な目でみつめていたのじゃないかなと思います。

 

そして、ほかの人とちょっと違う描き方だなと思うのは差別される側の辛さがエンタメ作品では描かれがちですし、そちらの方がわかりやすく共感されやすく、作品としても作りやすいと思うのですが【差別していると普段は攻撃される側】のこともしっかり描く。

 

マジョリティーの苦悩っていうのかな?

特に『ポリティシャン』は、差別される側がそれを逆手にとった悪事が描かれたりしていて、本当に多様性を極めているなと思います。

 

そういったわけで、後半ではネタバレしつつ、ドラマの内容について語っていきたいと思います。

 

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season2では、大学生になったメンバーたちが再び集まって地方議員の選挙に挑むストーリーでした。

 

選挙やっぱり面白いし、これでもかと投票の大切さをドラマ内で訴えてきていてそういう意味でも面白いなーと思ったし、日本ではこういう攻めたドラマはスポンサー的に厳しそうとも思いました。

でも、革命とかテロとかそういう物騒な話ではなくて、世の中を変えるのは実際選挙であり、政治しかないというメッセージはよく伝わってきました。

 

そして、ドラマに出ている役者さんたちは喋るのうまいし人を惹きつける魅力があるからあれだけど、ニュースとかで見かける外国の政治家。

 

スピーチうまいよなー。

 

日本の政治家は偉くなればなるほど、有権者を見ずに紙だけ見て喋るのですごい損してるよ。

選挙に対しての熱量が少ないんだろうし、パフォーマンス文化もないしで

 

ところで、

皆さん、街頭演説って聞いたことあります?

選挙の時は特に多くなると思うんですけど。

 

わたし会社帰りに、れいわの山本太郎さんの演説に遭遇したことがあって。

特に個人的に支持しているとかではないのですが、なんとなく聞いちゃいました。

周りも若い人が足を止めてけっこう人の塊に吸い込まれていっていて日本は投票率は悪いけど、今回のドラマにもあったようにこの中に【初めて投票する若者】がいるかもしれないって思いました。彼、やっぱり元役者さんなので話している内容が本音かどうかは別としても、話に引き込むのすごくうまかったし、テレビではエキセントリックな部分を切り取られがちですが生で見ると割と普通で穏やかそう。

話聞いてくれそうな感じがした。

 

そういったわけで、今回のシーズンでは若者代表のペイトンと対抗馬のディディのスピーチにも注目していましたがペイトンはペイトンでよくて、ディディもすごくよかったんです。

 

二人ともすごくよかった!!

 

あと、ディディに関して言えば最終話でペイトンの歌に感動していたシーンの演技のうまさにベテラン女優の底力を感じたし、このシーズンのテーマの一つでもあった【若者とベテラン組は社会のために対立ではなくお互い寄り添い支えあうべき】というテーマをこの無言のシーンで演じきったと思いました。

 

黙って歌を聴いているだけで、ペイトンに次世代を譲る覚悟を決めたのがわかったよ。

 

それと、今回の人間関係ではマカフィーとジェイムスとペイトンをはじめ、ディディの三人婚、またペイトンとアリスとアストリッド、ジェイムスとマカフィーとスカイなど、色々な三人の人間関係が描かれたのも面白かったです。

それぞれが、三人でいるときの顔、三人でいないときの顔を持っている感じ。

『9-1-1』でもそういう感じですが、べったりなようでいて最終的には個人主義であまり干渉しない人間関係すごく好きです。

 

と、ここでやっとタイトルと冒頭で少しお話した差別の話。

 

タイトルの「ペイトンは人を有権者としか見ていない」というマカフィーのセリフ。

フラットな目ってそういうことだなって思いました。

がつんとやられて開眼しました(笑)

有権者の中には子供は入っていないですけど、子どもが成長して有権者になるのでそこは一旦おいておいて。

有権者は自分に利益をもたらす人ではあるけれども、彼がgiveをしなければtakeもないとなるととたんに信頼できる。

 

なんだろう。

今って【多様性を認める】って言い方するじゃないですか。

ずっともやもやしていたんですよね。

多様性は認めるものなのかって。

【多様性を知る】ならともかく【認める】って。

あと【多様性を受け入れる】も、もやもやする。

 

認めるも受け入れるも、多かれ少なかれ我慢入ってますよね。

マジョリティー側の言い分ですよね。

元々そこにあったことを知ったうえでどうするかって話なのに、なんかね。

うまく言えないけど、もやもやするんです。

 

わたしは未熟者なのでそういう多様性を知ったうえで、これは言っちゃいけないことだって我慢して口に出してないことももちろんたくさんあります。

 

でもペイトンは人をそういう属性で一切見ていないとなると差別なしの極致だなって思いました。

 

多様性、多様性っていうけど属性でくくらないっていうシンプルな話で、どんな属性でも弱みにも強みにもなってはいけないってことなんだよね。

 

そういうのが、作中にも溢れていて、ジェームスとかアンドリューの件もそうで。

あくまでジェームスはジェームスでアンドリューはアンドリューっていう感じ。

どんなバックボーンがあってもいい人にも悪い人にも偏らない人間の描き方すごく好きです。

 

ただ、ペイトンの場合偏見がないということが逆に弱点になるところもあって、偏見がないからこそタブーだとされている地雷を踏んでしまうということもありえるというのも目からうろこでした。

 

裕福な白人男性は特にアメリカでは攻撃の対象になりやすいし、政治家としても引きが弱いとは思った。

裕福な白人男性は常に発言に気を使っていなければならず、そのことが差別にも繋がるなって。

ただ、ユダヤ系がもう全く弱みにも強みにもなっていないっていうところに【時代は変わる】というのも感じました。

 

作中の「四六時中世界をよくしようとしている」という言葉にも何度も救われたし「政治的な声を上げられない人をなくしたい」という言葉にも今のこの世知辛い世の中で、底辺でもがいているわたしには少しの元気をもらえました。

 

 

人を選ぶドラマだとは思うけど、社会派なテーマを暗くならずにガツガツ強い感じで見せてくれるのも少ないから、アリだと思いました。

ペイトンを演じたベンプラの歌が少なかったのが残念だったのと、最後綺麗にまとまりすぎたのでどうせならもっとごちゃついててもよかったと思う。

 

season2最終話のペイトンの歌もよかったけど、season1のリバーの追悼式の歌、すっっっごいよかったから、ああいうのまた観たいです。

基本的にはファンタジー選挙ドラマ(?)という新しいジャンルとして楽しく観終えることができました。

衣装もすごくかわいかったし、アリスの美しさがすごかった(笑)

 

ライアン・マーフィーはネトフリにすごく好かれているし、ベンプラもライアン・マーフィーに好かれてそうだから違うタイプのドラマも是非ベンプラでお願いしたいです。

 

とりとめもなくだらだら書かせていただきましたが、そろそろ終わります。

シーズン更新はネトフリ次第なのかなー。

 

それでは、またー。

 

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