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【Netflix】『sense8』シーズン2第10話『この世界が舞台だとしたら』感想 ”選挙で何も変わらない”という意識自体が洗脳なのかも。

Netflix『sense8』シーズン2第10話『この世界が舞台だとしたら』感想です。

 

シーズン2、最後のエピソードのひとつ前のエピソードなので盛りだくさんでしたね。

レディ・ガガジョニー・デップのおそらくそっくりさんやら、日本でも有名なアパレルブランド、マーク・ジェイコブスMarc Jacobsのご本人登場。

Marc Jacobs - Wikipedia

(日本語のウィキペディアがイマイチ意味不明だったので、英語の方を掲載)

https://www.marcjacobs.jp/

マーク・ジェイコブス ジャパン オフィシャルサイト)

 

彼はゲイをカミングアウトしていて、長年のパートナーとご結婚もされています。

なので、今回LGBTが主なテーマのドラマsense8にもゲスト出演されたのでしょう。

一緒に隣にいたのはパートナーですかね。

日本でも有名なブランドなので、時計とか財布とかアクセサリーとか持っている方もいるんじゃないかなぁー

 

そして、お酒が一滴も飲めないわたしが全く知識を持たないカクテルの世界。

サンが弟に作るように命令されたサイドカーというカクテル。

リトが、華麗なバーテンダーさばきで作ってくれました。

レシピ検索したけど、書いている内容が全く理解できない(笑)

 

cocktailrecipe.suntory.co.jp

 

わたしが、このレシピサイトで理解できたのは『フレッシュレモンジュース』という言葉だけ。

レモンの味がするお酒なんだなとうっすら想像できただけでしたが(笑)

それにしても、サンの弟は相変わらずクソな弟だし、会社のイベントのコンパニオン(?)の衣装がダサすぎる・・。

サンの弟の趣味だろうな。

sense8の制作陣の持っているアジアイメージが【こんな感じ】なんだなというのは、『sense8』シーズン1から通しで観ていての感想なのですが、あながち間違っていないので、アジア差別とはあまり感じないというのが、ジェンダー差別社会に育ったものとしての複雑な心境です。

わたしが生きているうちに、世界に追いつくのは今の日本では到底無理そうですが、若い人が、この先『sense8』を観て「日本はこんなにひどくない」と思えるといいなと思います。

 

シーズン2第9話の感想はこちら

 

www.meganetamago.com

 


 

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※以下、ネタバレありあらすじ及び感想です。

 

シーズン2第10話。『If All the World's a Stage, Identity Is Nothing But a Costume』

ウィルは、父の最期に自分の行動を後悔し、ロンドンで一人薬に頼り自暴自棄になる。ライリーはウィルを心配して急いでシカゴからロンドンに向かう。

ヴォルフガングとカーラはお互いの気持ちを再確認し合い、カーラは夫に全てを正直に話すことを決意する。

リトは、ダニエラが取りつけた映画監督とのカメラテストに臨むが、弟の会社のイベントに潜入しているサンがピンチに陥ってしまい助けを求められ、気もそぞろになってしまう。その後なんとか、サンの助けもありピンチを切り抜けたリトは監督が主催するハリウッドのセレブパーティーに参加し、自分の意思よりも急激に事が進むことに不安を覚える。

ヴァン・ダムは選挙の決起集会で演説することになる。着慣れないスーツでステージに臨みたくさんの支持者が自分に注目を浴びせていることがに恐怖を感じるがクラスターたちが助けに来てくれ、なんとか自分の思いを話すことができたが、暴動が起きて命の危険に晒されてしまうが。

サンは弟に戦いを挑む覚悟を決め、そこにクラスターたちが集まりみんなの気持ちが一つになる。

 


 

『If All the World's a Stage, Identity Is Nothing But a Costume』

この世界が舞台だとしたら・・の続きが全て割愛されているのですが、後半部分のほうが大事なのでは!?

グーグル翻訳にかけるとアイデンティティは衣装に他ならない』って出てくるんです。

なんとなくわかるようなわからないような・・、逆の意味のような・・。

日本語でいえば『馬子にも衣装』的な? とか思ったんですけど、この場合の、Identityは、主体性とか自分自身を現す意味だと思うし『この世界が舞台だとしたら』という前提と、ドラマを観たうえで意訳してみますね。

 

『もし、この世界が舞台だとしたら、衣裳ひとつで演じることが出来る』

 

nothing but は『ただ~なだけ』という熟語なのと、舞台ということなので、『演じる』をいれたかったので、意訳しました。

マーク・ジェイコブス本人の出演もあったし、日本にも『勝負服』やら『勝負パ〇ツ』みたいな言葉がある通り、ファッションや髪型、メイクなどでスイッチが入ったり気持ちが昂揚したり、キャラが変わったりすることは役者じゃなくても普通にあることで、ヴァン・ダムのスーツ姿、リトのベストにキャップの姿がお互いしっくり来ていない中、演説前の感応で今自分の着ている服を『戦闘服』として気持ちを切り替える2人。

洋服には、やる気スイッチもあるし、見せたい自分になれる力があるんだっていうことをこのシーンで強く描きたかったんだと思うし、わたしもそう感じたんですけど『この世界が舞台だとしたら』では伝わらなかったなぁー。

まぁ、その後リトは全部脱いじゃってパンイチになってしまったんですけども、パンイチにもそれなりの力はありますから(笑)

 

 ところで、ナイロビの選挙戦はすごいですね。

どこまでリアルに近い形でドラマが制作されているかどうかわからないけど、下記の『国際統計・国別統計専門サイト』によると、選挙の投票率ケニアは193か国中48位で、日本はなんと下から数えたほうがはるかに早い150位です。

世界の議会選挙投票率 国別ランキング・推移 – Global Note

 投票率が約200国中の50位以内に入っているというケニアなので、選挙への意識は日本とは明らかに違うとは思いますが、あれを観ていて一番びっくりしたのはケニアの人は、自分が選挙で選ぶ人で未来や社会が変わるという意識があるんだなぁ・・)と思った自分にです。

 

 わたしは比較的投票にも参加してきたタイプですが、選んだ人は当選しないし『選挙は出来レースとか『誰が選ばれてもどうせ底辺庶民には関係ないしな』という意識が根付いてしまっています。

歴史上、女性の選挙権や参政権を勝ち取ってくれた人たちには大変申し訳ない気もしますが、今の自分の生活状況や、税金ばかり増えて賃金が上がらない景気の状態では、「日本のためにいつも頑張ってくれてありがとうございます」という気には、正直まったくならないです。

政治家の待遇も、庶民の気持ちはわからないような破格の高待遇ですし、そもそものお金持ち育ちも多いわけなので。

ヴァン・ダムのような人が議員になってくれるのであれば、もうちょっと政治に関心持つかもしれないです。

そもそも政治家自体が、若い世代に選挙に行ってもらうと困るのかもしれないですね。

自分たちの地位が揺るがないように、こういう意識や社会を意図的に作り上げたのかもしれないなぁと、あのナイロビの選挙戦を観て思ったんですよね。

政治は、命かけるぐらいの覚悟が必要なんだなと。

でも、日本の政治家は選挙に通ることが全てなので、そういう感じもしないし、一度政治家になると、どう考えてもリタイアした方がいい年齢でも辞めないのは、それだけ政治家にうまみがあるからですよねー。どんなうまみがあるのか知りたいです。

タナボタで政治家を一期だけやった杉村なんとかもタレントとして大金稼いでるしなー。

そうだ、自分のクラスターチーム編成に一人、政治家も入れたい(笑)

 

というわけで、シーズン2最終回は、サンのことをみんなで解決する回ですね。

ドラマがどのような結論を出すのか、楽しみです。

 

それでは、また。

 

 

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