たま欄

映画、海外ドラマ、本、時々日常。

【ブログ】”人に読み続けてもらえる文章”でブログを継続するのは才能があっても厳しいと思った話。

※ここ最近、ネタになるほど海外ドラマを観られていないので、ブログ徒然です。ちなみに、オチはないです。

 

ブログを始める前から、ブログ界隈の有名ブロガー、インフルエンサーさんたちのブログを定期的に周遊していましたが、ブログを始めてからも継続して読んでいます。

参考にしたい、というより単なる趣味。

人の書いた文章を読むのが好きなのです。

有名ブログだけじゃなく、色々なたくさんのブログを読ませてもらっています。

(こんな素晴らしい文章を、本を購入せずに読ませてもらえるなんて神だ!)という、素晴らしい文章力の方に出会えると、どこかにいるはずの書いた人の方角に向けて拝みたくなる(笑)

 

ここからは完全に読み手としての個人的な感想(辛辣)で、おまえみたいな底辺ブロガーが偉そうなこと言うな! っていう気持ちも重々承知なのですが、ブロガーだからこそ読んでいて感じることもあるのです。

 

有名ブログには、情報発信型、専門知識型、世論共感型、ネタ型、ポエム型、炎上型、・・など様々なスタイルがあり、掛け合わせ型の人も居て無限ですが、有名になればなるほど、短文の人が多い印象です。

短文でさくっと記事を読みたい需要に応えられるし、短くても内容が伝わったりする文章能力を持っている方も多いので、羨ましい以外の言葉しかないのですが、ずーっと同じ人の文章を継続して読んでいると、書いていること以外の背景が漏れ出て伝わってくることも多く、長くブログを続けている人の中には、”やっつけ感”がものすごく出てきてしまっている人も割といます。

 

読んでいる人がたくさんいるということはアンチもそれなりに沸いてきているので、記事を書くごとにその対応に、時間的・精神的に疲弊することになっているのは想像に難くなく、長くごちゃごちゃ色々書きにくいという事情もあるかとは思いますが(ブロガーで名を売っている以上今さらブログをやめられはしないが、アンチもいるし、面倒だな・・)っていうのが、透けて見えています(笑)。

今回もキレ味悪かったな、と思いつつ読んでしまっているのはやはり天性の人を惹きつけるカリスマ性的なものだなと思っています。

そして、やっつけ仕事”はまだいい方で、ちょっと心配なブロガーさんがわたしの中で今一人いて、現在、様子を伺っている最中で、そのことを少し書かせてもらいますね。

 この内容で書きだしたのも、そのブロガーさんのことが頭の片隅にずっとあり、定期的に思い出すというのがあったからにほかならないのですが。

 

スタイルでいえば、ネタ型(?)の文章の軽快さをウリにしている某有名ブロガーさん。

この数か月、ぜんっぜん面白くない。

ブログを読むと、その記事に対してなんらかの共感や反論、感動や怒り悲しみなど、なんかしらの感情を抱くものだと思うのですが、そういう喜怒哀楽を突きぬけて困惑する感じ。

面白さは、ゆるやかに下降していっていたとは思うのですが、まだそこまでじゃなかったものが、この数か月は、

え。これやばくない? この人大丈夫かな? それとも中の人が変更した?

ぐらいの、ゴーストライター感と、文章からほとばしる焦り。

今回こそは! と思って読むのですが、今までの記事とは全くもって、”似て非なるモノ”が出来上がってしまっている。

 

ブログは読むのも、書くのも強制じゃないけど、ここまで追い詰められても尚、やらなきゃいけないものなのか? と思ってけっこう衝撃だったんですよね。

ゴーストライターじゃなくて、中の人が同じままブログが継続されているとしたら、書いてる本人も、焦りはわかってるはずだと思う。

もしわかってないとしたら、それこそメンタルがやられてる状態に感じるぐらいの切迫感です。

 

 そういったわけで、わたしも2年半以上ブログを書いている身であり、記事数だけはバカみたいに多いブログを持つ身として【産みの苦しみ】はいやというほどわかっているはずだったんですけど(やっぱり、ブログを続けるのは大変だ・・)と、改めて思ってしまっている今日この頃なんです。

情緒不安定な記事を投下することはわたしにもありますが、そういう記事じゃないのに、そういう風に思ってしまう何かがそのブロガーさんには現状、ある。

確かに辞める踏ん切りをつけるのは相当の勇気がいると思うし、その人ぐらい名前が売れていれば、書いただけで何万アクセスという数字に見える成果は、お金以上の価値だと思うので、それを捨てるのは、焦りながら続けるより難しいとは感じます。

わたしにはそんな夢物語、一生訪れなさそうなので、自分自身のこととしては考える必要もなさそうなのが悲しいところですが(笑)

 

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読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術

 

 

 『読みたいことを、書けばいい。』か・・。

 

ところで、上記の本はブロガーさんたち向けの、Amazonで売れている本らしいです(テレビでも紹介されたそう)。

みなさん自分で自分のブログ読みますか? 

 

わたしは書いてる時に、しこたま読むので読まないし、読むんだったら人の記事を読む。

 

自分の気持ちを表に出すことで誰か共感してくれたらいいなぁ~、っていう内容の記事しか書いてないので、偶然でもわたしのページに訪れてくれた人のことは常に意識している(つもり)

自分で読む用なら非公開ブログにするし、更に言えば、そもそも自分の読みたいことを、自分で書く能力はない。

 

でも、言わんとしてることはわかるんですよ。

 

文章書いてみると楽しいよ、ストレス発散になることもあるよ、みんなも気軽に書いてみよう!

その文章を読んでもらえるかどうかは運もあるし、後から考えればいいじゃん。

最悪、読まれなくても楽しいよ。

 

っていうのはわたしの気持ちなのですが(笑)

そういう感じだと思う。平たく言うと。

わたしは人の書く文章が好きで、選択肢が増えるのは喜ばしいことなんで、じゃんじゃん書いて公開してほしい。

 

そういったわけで、ブログを読むのが好きなわたしですが、好みの文章というのは、もちろんありまして。

自分に向けて読みたい記事を書いているわけではないですが、好みの要素が入った文章を書くことは心がけています。

ちなみに、先日掛けてもらった言葉で、すごく嬉しかったのが「めがねたまごの文章には、パッションがある!」という言葉なのですが、わたし自身、技巧うんぬんよりも、喜怒哀楽がハッキリしていて、熱い思いが滝のように漏れ出ているのが好き。

文章が淡々としていても、そういう思いを感じることは多々あります。

なので、普段の映画やドラマなどの記事を書くときは、その時感じた感動をダイレクトに伝わるような文章になるように努力しています。

それだけは、ずっと自分の文章の核として持っています。

 

想像力をかきたてる”文章”というツールは、意外と多くの情報を持っていると思っていて、読むと書かれていること以外のことがわかったりすることも多いということはお伝えしておきたいし、わたしも書いてはいないけど、バレてることも多いと思います。

身を削って書いている人も多いと思うので、上記ブロガーさんみたいな状態になってしまうこともないことはないと思うし、気持ちがわかるだけにちょっと辛い気持ちにもなっています。

プロの作家さんの作品だって当たり外れがあるし、編集さんとかに相談したり、ちょっと直してもらったりしてて、全く一人ってわけじゃないし。

気持ち的に孤独になってしまうと本当に大変だよね。

わたしは、狭い範囲でブログをやっているし、身近に読んでくれる人が居るので今のところ大丈夫ですが、成功すればするほどプレッシャーや孤独感というのはつきまとってくるだろうな。

上記、心配しているブロガーさんは、吸引力のあるネタで文章を書く才能のある人だと思うので、復活を期待しています。

 

そういった意味でも『自分が読みたいこと』を書くというよりも『書きたいことを書く』ほうが、追い詰められ方も少ないし、楽しく続けられると思いました。

わたしは、書きたいことを勢いで書いているブログ大好きです(笑)

(担降りブログなんかは大好物で、誰のことを書いているのかさっぱりわからなくても読んじゃう)

自分もそうでありたいとはずーっと思っていますが、わたしのような内容の喜怒哀楽垂れ流しのブログは、一般受けは全くしないので、ご留意ください。

将来に野心を抱いている方は、一発逆転を狙えるブログ作りに頑張って欲しいと思います。

 

ただ、最後に一言。

わたしのサイトにもファンは確実にいます。

目にはあまり見えてないけど、存在しているんです!

なんとわたしのサイト、全体の約4割がリピーターなんです。

これ、ちょっとした自慢なんで言っておきますね(笑)

 

というわけで、それでは、また。

 

 

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